Greenery Park

〜喧嘩〜

ソフィアの事件簿 ファイル4

HOMETOP前編後編

◆◆◆◆◆◆ 前編 ◆◆◆◆◆◆

喧嘩


 私の名前はソフィア・ホワイトホース・ワイルダー。ソフィ・ホワイトというペンネームでミステリー作家をしている。建築家の夫、ランス・ワイルダーと結婚したばかりで、自分で言うのもなんだが、まだまだ新婚ほやほやといったところだ。私の実家の近くにある古い家を購入し、家に住み着いていた犬のネロと一緒に、二人と一匹で仲良く暮らしている。

◆◆◆

 私達が買った家の南側と西側には花壇の跡があった。以前の住人が何を植えていたかは定かでないが、家の購入のために下見をした時は、庭一面が背の高い芝や雑草に覆われ、その上に雪が降り積もっていた。冬の間に雑草は枯れて小さくなり、花壇の縁となっている煉瓦が見えるようになった。
 そこで、私達は春になったら何を植えようかと、入居前から色々と計画を立ててきた。ランスは家を建てるのに必要な木材に関しては詳しかったが、花や野菜に関しては疎いようだった。どれがどんな状態で実になって、いつ頃収穫できるかということがよく知らなかった。かくいう私も両親が庭で育てているのを眺めるくらいで、あまり詳しくはない。結婚前、図書館から園芸に関する本を借りてきて、実家の暖炉の前でああでもないこうでもないと語り合うのが、デートコースの一つとなることもあった。
 本当は、私もランスも野菜はあまり好きではない。必要な栄養分があることはわかっているので出されたものは一応食べるが、出されなければ気付きもしないだろう。だが、その時の私達は自分で育てたものを食べるという考えに夢中になっていた。魅了されていたと言ってもいいかもしれない。
 結局、観賞用の綺麗な花は道路に面した南側に植えることにして、人目にはつかないけれども日当たりの良い西側の花壇は、野菜を植えようということになった。育てる野菜は、キュウリ、トマト、インゲン豆といっ、た夏には収穫が出来そうなものに決めた。

 結婚式とハネムーンの後、小説の締め切りが迫ってきた。仕事は式の前に片付けておきたかったのだが、式の準備に振り回されて仕事が手につかず、一部が未完成のままになってしまったのだ。この一週間というもの、昼の間はずっと根を詰めて書き続けたのだが、あと少しのところで仕上がらず、日曜日も書くことになってしまった。日曜日はランスと一緒に園芸センターに行く予定にしていたのだが、新しい編集者が挨拶がてら原稿を取りに来ると連絡があった。
 筆者である私の言うことを聞かずに暴れまわっていた犯人を、素人探偵が縛り上げて警察になんとか引き渡した頃には、とうに昼を回っていた。

 私が書き上げた小説を持って書斎から出てくると、ランスは既に一人で園芸センターまで行き、野菜の苗を買って来ていた。
「見てくれよ。キュウリ、トマト、インゲン、カボチャ!」
 ランスは嬉しそうに買ってきたものを見せびらかした。
「カボチャ?」
 買う予定にはなかったものだ。
「すごく大きくなるやつだってさ!」
 ランスは顔半分を覆う茶色い髭――結婚式ですら剃らなかった――を右手でさすりながら、得意そうに答えた。
「ふーん。私もカボチャは好きよ。でも、このカボチャ、トマトの苗に見えるのは気のせい……?」
「ええっ! カボチャって書いてあったぞ!?」
 ランスが焦る。
「ほら、こっちのトマトの苗とあまり変わらないじゃない。カボチャは蔓になって育つからキュウリと似ているはずでしょ?」
「こっちの葉っぱがギザギザになっているところが違うじゃないか!」
「それはこの苗の方が成長しているから、他のトマトよりも先が出ているだけじゃない?」
「でも、俺はカボチャの売り場で買ったんだ!」
「近くにあったトマトを取っちゃったんじゃない?」
「そんなことない!」
 ランスはだいぶ興奮してきている。
「それならホームセンターの人が間違って、トマトの苗をカボチャの所に置いちゃったのかもね」
 慌てて取り成したが時既に遅かった。男というものは追い詰めすぎてはいけないものらしい。ランスは完全に拗ねてしまった。
「俺は間違ってない! 俺が買って来たのはカボチャだ!」
 珍しく声を荒げたランスに、寝ていたネロはびくっと体を振るわせ飛び上がった。
「大きな声を出さないでよ! カボチャでもトマトでもいいじゃない。収穫できれば」
「俺のカボチャにケチつけるなよ! これは絶対にカ・ボ・チャ・だ!!」
 ランスはカウンターに置いたばかりの車のキーを掴むと、外に飛び出していった。外から車のドアの乱暴な開け閉めに続き、エンジン音と急発進する音が聞こえて来た。

 ひょっとして、これは私とランスの初めての夫婦喧嘩ということになるんだろうか。それにしては、情けない理由のような気がする。

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byおとなし おっと,Greenery Park 2006/4/20発表、2006/5/10加筆修正

 

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