Greenery Park

〜白猫〜

HOMETOP前編後編

◆◆◆◆◆◆ 前編 ◆◆◆◆◆◆

白猫

 耳元で甲高い鳴き声がした。シーツの中に潜ろうとすると、耳をざらざらした舌で舐められ、キャサリン・グリーンは気持ちのよい眠りを妨げられた。甲高い鳴き声とざらざらした舌の持ち主は、飼い猫のリリィだった。

 リリィは、長毛の白い毛並みと愛くるしい顔立ちと繊細な鳴き声をした仔猫だ。だがその可愛らしい外観からは想像も出来ないような騒々しい鳴き声を出すことがある。特に餌を要求する時。そういう時は、気にいらないことがあった子供が癇癪を起こしたように鳴く。
 キャサリンはいつか隣人に苦情を言われるのではないかと心配だった。いくらペット可のアパートメントで動物を飼っている人が多いとはいえ、折角の休日に、リリィの喚き声で起こされたらたまらないだろう。
 隣からはシャワーの音に混ざって口笛が聞こえてくる。既にお隣さんは起きているようだ。キャサリンの口から安堵のため息がこぼれた。リリィがまた餌を催促して抗議の声を上げた。
 「……わかったわ、ベイビー……。食事の時間ね……。」

◆◆◆

 いつもの深皿にキャットフードを盛りつけてリリィに差し出す頃には、隣からシャワーの水音は消えていた。
 キャサリンは、自分のためにコップにミルクを注ぐと、キャットフードに夢中なっているリリィに話しかけた。
「新しく引っ越してきたお隣さんってハンサムよね?駐車場でチラッと見ただけだけど……。」
 リリィは、我関せずといった様子で、皿に鼻を突っ込んでいる。
「いつも口笛で吹いている曲は、何ていうのかしらね? かなり古い映画の曲みたいだわ。西部劇かしら? それにとっても早起きで仕事熱心みたい。なかなかお話しする機会がないのよ。どうしたら仲良くなれると思う、リリィ?」
 満足げな表情で食事を終えたリリィは、キャサリンをちらっと眺めると毛繕いをはじめた。キャサリンがする最近の話題は、隣の住人に関することばかりだとでも言いたげだ。

◆◆◆

 ようやく目が覚めてきたキャサリンは、ためてあった1週間分の家事をこなしてしまう事にした。平日は、ずっと髪をアップにしているのだが、今日は掃除の邪魔にならないようにゆるい三つ編みにした。長い時間ひっつめ髪にしていると頭痛がしてくるのだ。職場である小学校では、いつもは教師らしく見えるように小麦色の長い髪をアップにしている。平均より十センチも背が低いキャサリンは、大人っぽい格好をしていないと、背の伸びてきた高学年の生徒に紛れて、先生として見てもらえなくなってしまうのだ。ジーンズの裾を切っただけの古いショートパンツとTシャツを身につけると、ティーンエイジャーの頃と全く変わらない。

 掃除のために窓を開けると、窓の外から新緑の香りが漂ってきた。ここ数日は、非常に気持ちが良い天気が続いている。今日こそ、冬用のカーテンを洗ってしまおうと、キャサリンはカーテンを窓から外して丸め、バスルームに向かった。カーテンを洗濯機に詰め込み、バスルームの掃除を始める。

 ブラシや歯磨きセットを整えていると見慣れないものが出てきた。金色のカフスボタンだ。両親が遊びに来た時に、父親が忘れたのだろうか? カフスボタンをしている姿なんて見たことがないわと思いつつ、「後で実家に電話をすること」とキャサリンは頭にメモした。

 ベッドルームに戻ると猛然と掃除を始めた。日頃は忙しくてなかなか手が行き届かないところまで、念入りに掃除して回る。狭いアパートメントなので掃除自体はすぐに終わったが、ベッドとソファーの下やテレビの後ろから、埃とともに見覚えのないものがいくつか見つかった。銀色のボールペン、皮ベルトの腕時計、丸まった男物らしき靴下、一セント程の大きさの小さなバッジ……。

 父親はこんなものを持っていただろうか? キャサリンは訝しがりつつ、先ほどのカフスボタンと一緒に紙袋へ入れると、実家へ電話を掛けた。母親が出たが、案の定、父親はカフスなど持っていないし、他の物のことも知らないと言う。

 頭を捻りながらキッチンに戻ると、テーブルの上にまたしても見慣れぬものが載っていた。顔写真入の白いプレートだった。大学のパスカードらしい。「×××××大学獣医学部助教授 トラビス・シンクレア」とある。黒い髪に黒い眉。眠たそうに見える厚い瞼の奥の灰色の目。一文字に引き結ばされた唇。顔の写真は隣人のものだった。

 まあ、お隣さんは大学の助教授だったのね。名前はトラビス……彼にぴったりの名前だわ。写真写りは今ひとつというところかしら。……そんなことより、このカードは何処から来たの? さっきは絶対になかったはずよ!?
 キャサリンは困惑した。

◆◆◆

byおとなし おっと,Greenery Park 2004/06/01発表,2006/04/01修正

 

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