Greenery Park

はつこい
〜初戀〜

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◆◆◆◆◆◆ 第1章 ◆◆◆◆◆◆

森

「お父様ったら、ひどいわ」
 アイリスは庭で摘んできた花々を花瓶に活けながらつぶやいた。
 アイリスは一週間も前から、今日は、執事の孫娘で幼馴染みでもあるメアリーと村へ買い物に行く約束をしていた。そのことは、昨晩伝えておいたはずなのに、アイリスの父親であるケンウッド男爵は、昼食の席でこう発言したのだ。
「お前に言うのを忘れていたが、今日のお茶の時間にはお客様がみえるから、屋敷にいて支度をしておいてくれ」

 一体、どなたが来るのかしら? 聞いておけばよかったわ……と、アイリスは後悔した。書物に夢中の父親に聞いたところでまともな返事は返ってこなかったかもしれないが、聞かないよりはましだっただろう。
 だが、書斎にこもって自分の研究に余念のない父親を邪魔するのは忍びなかく、もう少し後で聞くことにして客を出迎える準備を進めた。

◆◆◆

 一時間もすると屋敷の方の準備はすっかり整ってしまった。少し早いかもしれないが、普段着から昼用の一張羅に着替えることにする。この服は、ついこの間、マダム・ジュリアとドレスのカタログを研究しながら苦心して作ったばかりだ。いつもは動きやすさと汚れの目立ちにくさを念頭に置いた服しか着ない。だから、今回、初めて着る機会に恵まれたことになる。
 鏡に映った自分の姿を眺めてみる。白地に細かい青い花模様の入ったモスリンの生地は涼しげで、アイリスの健康的ではあるが白い肌と輝く金髪と青い目に、とてもよく似合っていた。キュッと締まったウエストと膨らんだバッスルがスタイルの良さを強調している。鏡の前でアイリスは優雅にお辞儀してみた。
「悪くないわ。折角だから、マダム・ジュリアに見せてこようかしら」 

 アイリスは青いリボンのついた白い帽子を被ると、馬車を用意してもらい、マダム・ジュリアの館へと向かった。

◆◆◆

 今の季節なら、普通の貴族はロンドンで社交シーズン真っ最中のはずだ。
 ケンウッド家は男爵とは名ばかりの貧乏貴族なので、ロンドンに行くことは滅多になく、チェシャ州の片隅の小さな領地で静かに暮らしている。
 アイリスは十七歳で、本来なら社交界にデビューしてもいい年頃だ。実際、亡くなった母親の姉、つまりアイリスにとっては伯母に当たるレディ・ヴァンダリンから、ロンドンの自分の館にアイリスをよこすよう何度か手紙が来ていた。
 だが、ケンウッド男爵はロンドンの騒々しさを嫌っており、「アイリスにはまだ早い」と娘をロンドンに送り出そうとはしなかった。
 アイリスも木陰で書物を読んだり、馬に乗ったり、野山を散歩して回ったりといった田舎での静かな暮らしが気に入っており、どこか浮世離れした父親や、仲の良い友達から離れて暮らすことなど考えられなかった。行基作法や勉強なら、マダム・ジュリアや家庭教師のメレディス先生から、後には学問好きな父親から、十分に学ぶことができた。

 実のところ、「マダム・ジュリアの館へ遊びに行けなくなるから」というのが、ロンドンに行きたくない一番の理由であったかもしれない。マダム・ジュリアの元に届くジャイルズからの手紙が読めなくなると考えただけで辛くなったのだ。

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by おとなし おっと,Greenery Park 2003/06/14発表 2006/04/01加筆・修正

 

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