Greenery Park

7月.初めて繋いだ手

HOMETOP

ヘーゼル

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 ヘーゼル・スミスは、三歳になる姪のミシェルの手を引いてグリーナリーの中央公園へとやってきた。公園では、たくさんの人が遊んだりくつろいだり、思い思いに過ごしてしていた。

 ヘーゼルとミシェルはよく似た黄色のサンドレスを着ていた。ミシェルの黄色のサンドレスは昨日ヘーゼルが作ったばかりのものだ。ヘーゼルの持っていた黄色のサンドレスとそっくりのドレスがほしいとミシェルにせがまれたのである。明るい黄色がミシェルの栗色の髪と琥珀色の瞳を輝かせ、とてもよく似合っている。それは同じ色の髪と瞳をしたヘーゼルにも言えることで、そのはつらつとした様子にすれ違った人々がはっと振り返るほどだった。

 ミシェルは子犬が遊んでいるのを見つけると、ヘーゼルの手を振りほどき走り出した。ヘーゼルがはらはらしながら見守っていると、ミシェルは子犬の飼い主らしい黒っぽい髪の男の子に話しかけた。少し年上らしいその子は真剣な顔でミシェルに犬のなで方を教え始めた。

○●◎

「おや? ヘーゼルじゃないか?」 

 のんびりとした太い声にヘーゼルが振り向くと、見知った姿があった。

「ナット店長!」

 ヘーゼルが勤めるキングス・ベーカリーの店長、ナサニエル・キングだった。腕から首の筋肉が盛り上がったたくましい大きな体、しかつめらしい顔、薄茶色の髪に濃い眉、黒に近い茶色の瞳。人を威圧するような風貌に初めての客は怖がってしまうことが多いため、いつもは店の奥でパンを焼くことに専念している。だが、性格は実に温和で、笑うと格段に感じが良くなることをヘーゼルは知っていた。

「珍しいな。休日に会うなんて」

「そうですね」

 ヘーゼルは、休みの日まで職場の人間に会いたくないわねと思いながらも、パン屋で鍛え上げた営業スマイルでにこやかに答えた。

「ここにはよく来るんですか?」

「俺は滅多に来ないな。店はすぐ近くなのになあ。」

「今日はどうして?」

「甥っ子のお守り。一緒に犬を散歩させに来たんだ」

 ナットはミシェルと一緒に子犬をなでている男の子に目を向けた。

「ああ、あのミシェルと一緒にいる子ですね」

「ボビーっていうんだ。……ミシェルって子、君に似てるね。……あの子は……君の子?」

 ヘーゼルは五人兄弟の真ん中でただ一人の女の子として生まれ育った。兄弟全員、年齢や性別の違いこそあるものの、茶色の髪と茶色の瞳をしており、同じ鋳型で作ったようにそっくりな顔立ちをしている。ミシェルは長兄のトーマスから髪と瞳と顔立ちを受け継いだのだった。

 そんな事情を説明してもよかったのだが、突然、ヘーゼルにいたずら心が沸き起こった。

「ええ。もうすぐ四歳なんです!」

「……ふうん。……そうか、君、子供がいたのか……」

 笑顔で答えたヘーゼルに、ナットが衝撃を受けたような顔で言った。

 ちょっと! なんで本気にしてるのよ? ミシェルは愕然とした。

「ナット店長ったら! 冗談ですよ、冗談!! 姪です。一番上の兄の子です。……トムには前に会ったことがあるでしょう?」

「え?! あ、そうか、お兄さんの……。すまん、あんまりそっくりだったから」

 ナットはヘーゼルとミシェルの顔を交互に見比べながら、しどろもどろに謝った。

「私、五年間ほぼ毎日、お店で働いているのに、子供を産んでいるはずがないじゃないですか」

 ヘーゼルは内心むっとした。ヘーゼルは高校を卒業してすぐナットの店に就職した。確かに自分でもミシェルととても似てると思っているし、周りからもよく言われることではあるが、歳を計算すればわかりそうなものだ。ヘーゼルは勤め始めた頃の、今より幾分ぽっちゃりとした体形を思い出して、顔をしかめた。まさか私が妊婦にでも見えてたのかしら。

「そういや、そうだな。……なんだか急に頭が真っ白になって……」

 ナットは頬を真っ赤にし、照れ隠しなのか鼻の頭を指でかいた。

 何故か、ヘーゼルはそんなナットをこの五年で初めてかわいい思ってしまった。そして、突然湧き上がった感情に戸惑いを覚えた。「かわいい」などと口にしたら、ナットがますます困惑するのは目に見えている。落ち着かない気分にヘーゼルの頬も赤く染まっていった。

○●◎

 すっかり黙り込んでしまったナットを前に、ヘーゼルがどうやって場を持たせたものかと思案していると、ミシェルとボビーが子犬と一緒に駆け寄ってきた。

「ミッシーも犬がほしい! 犬とあそびたい!」

 ミシェル、調度いいタイミングで来てくれてありがとう。頭の中でお礼を言ったものの、ヘーゼルは少し困ったことになったと思った。犬の問題は叔母であるヘーゼルが勝手に決められることではない。

「どうかなあ。お父さんとお母さんにお願いしてみないとわからないわね」

「えーっ!」

 これは、他所に気をそらさないと駄々をこね始めるわね。叔母の勘で危険を察知したヘーゼルは、慌てて辺りを見回しジュース売り場を見つけた。

「ミシェル、喉が渇いたでしょ? オレンジジュースでも飲む?」

「うん、のむ」

「ぼくもジュースほしい」

 ボビーが期待に満ちた表情でナットを見上げた。

「わかった。 それじゃ、俺がみんなにご馳走しよう」

 そう言ったナットのジーンズをミシェルが引っ張った。ミシェルはいかめしい雰囲気のナットを見ても怖がる様子はない。

「ジュース、ヘーゼルにも?」

 ナットがミシェルの側にしゃがみ、真面目な表情で頷いた。

「もちろんヘーゼルにも」

 ミシェルは満足そうににっこりと笑った。

「わあ、ありがとうございます!」

 ヘーゼルは輝くような笑顔でナットにお礼を述べた。笑顔の理由は決してジュースをおごってくれるからだけではない。ふと兄夫婦と交わした会話を思い出したからだ。それはミシェルがなつく人に悪い人はいないというものだった。

○●◎

 ミシェルがヘーゼルの手に小さな手を絡ませてきた。反対側の手はボビーの手をしっかりと握っている。ボビーは子犬の引綱を手にしたまま、ナットの手にしがみついた。

 手をつないだ四人と一匹の影は、弾むような足取りでジュース売り場へと歩いていった。

 

○●◎ Fin ○●◎

by おとなしおっと,Greenery Park 2007/03/01発表

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